第三のビールの歴史
では、第三のビールというのは、どのような経緯で作られるようになったのでしょうか。
2003年に酒税法が改正されるまでは、いわゆる発泡酒の税率が、ビールよりも低く設定されていたために、発泡酒が安くてビール気分を味わえるアルコール飲料として、人気を伸ばしていました。
しかし、この年の法律改正によって、発泡酒にかかる税率が引き上げられることになり、発泡酒の値段も、これにともなって値上げされることになりました。
各ビールメーカーでは、この値上げによって消費者が離れてしまうことを懸念し、ビールでも発泡酒でもない、次世代のビール風味の飲料の開発に取り組んだのです。
第三のビールの登場
各社が研究を重ねる中、先陣を切って登場したのが、サッポロビールの「ドラフトワン」でした。
それが2004年の2月のことでしたが、翌3月にはサントリーが「麦風」を発表し、その後各メーカーが続々と第三のビールを発表していくことになります。
こうなると、それまでは安さが一番の売りであった発泡酒が苦戦するようになり、だんだんとシェアを奪われていくようになります。
2006年になって、税収不足に悩む政府は、第三のビールについても酒税法を改正し、第三のビールにかかる税率を増やす半面、本来のビールに対しては減税を行いました。
こうなると、値段で勝負していた第三のビールの開発の意味が薄れ、最近では新しい商品が生まれることが少なくなっています。